筑波山及び周辺の地形・地質
下の図は国土地理院発行の土地条件図「真壁」の表紙にある筑波山を中心とした鳥瞰図にいくつかの地形名を記入したものである。
桜川低地と古里川低地帯
桜川は廷長54km、流域面積365平方kmの小河川であるが、筑波台地と新治台地の間の比較的広い幅の谷の中を流れている。この谷は今から2〜3万年前に、ここを流れていた鬼怒川が削ってつくったものである。
筑波台地と真壁台地の間に横たわる古里川低地帯(協和台地)が、かつての鬼怒川(古鬼怒川)の通路にあたり、その地表面には古鬼怒川の大きな蛇行の跡が残っている。古里川低地帯の地表面下を掘ると、日光などの火山に由来する火山岩礫を含む砂礫層(協和礫層および土浦礫層)がでてくる。この砂利は建設資材用に採掘されており、古里川低地帯沿いには多数の砂利穴がみられる。
協和礫層・土浦礫層ば桜川低地の地下にも続くので、筑波町田中や新治村大形などでも砂利の採取が行われている。桜川中・下流部の低地には、沖積地表面よりやや高い微高地が点在し、集落や畑地がその上に立地している。一般の沖積低地の場合、このような微高地は自然堤防であることが多いが、桜川低地の場合には、その多くば自然堤防ではない。これらの微高地は、古里川低地帯のつづきにあたる、きわめて低いがやや古い河岸段丘面であるという説(新藤・前野、1982)と、5〜6千年前、霞ケ浦が現在より高水準だった時につくられた新しい段丘面であるという説(水谷、1982など)とがある。
課題土地条件図「真壁」と2.5万分の1地形図「真壁」を比較しながら、地形面と土地利用の関係を調べてみよう。
地点は?
筑波台地
筑波大学のキャンパスがのっている筑波台地は、東の桜川低地と西の小貝川低地との間にある標高25m前後の洪積台地である。この台地は、かつて(12-13万年前)関東平野一帯に広がっていた浅い海(古東京湾)の底が、土地の隆起と海面の低下に伴って、しだいに陸化していく過程を示す数枚の地層から構成されている。すなわち、下部より、浅海の堆積物である砂質の成田層(厚さ10-20m)、河川および三角州の堆積物である竜ケ崎層(2-5m)、台地になった後、風で運ばれてきて堆積した火山灰である関東口一ム層(1-3m)の各層からなっている。このうち、竜ケ崎層の上部は海(あるいは湖)が干上がる直前のデルタ(三角州)の湿地の堆積物であるため、きわめて粘土質で、常総粘土層とよばれている。このような粘土層が地下浅いところにあるため、台地でありながら水はけの悪い土地が多い。
筑波山地と筑波山
筑波山地は八溝山地の南端部をなす、海抜500-600mの穏やかな山容の山地であり、おもに中生代の堆積岩を起源とする変成岩類と深成岩類(おもに花崗岩)よりなる。この中で突出して聳える筑波山(876m)は、頂上部約600m以上がハンレイ岩で構成されている。このハンレイ岩は、周囲の花崗岩が貫入するさい、地下深部から取り込んできた巨大な捕獲岩体であるといわれている。緻密なハンレイ岩は周囲の花崗岩のように深層風化を受けにくいため、侵食に耐えて、筑波山が残丘状に聳えていると考えられる。
課題地形図で筑波山から加波山周辺の等高線の形の違いをみて、その原因を考えてみよう。
筑波山の山麓部は「筑波型花崗岩」とも呼ばれる斑状花崗閃緑岩よりなる。この岩石は大きな正長石の結晶を含むのが特徴で、石材には不適とされている。北方の加波山周辺は「稲田型花崗岩」と呼ばれる緻密な岩石からなり、ここには多数の石材採石場が分布している。筑波山地南部は筑波変成岩類(粘板岩・ホルンフェルス・片麻岩)よりなり、骨材用の採石が盛んである。

筑波山よりみた加波山の採石場(田瀬撮影)
八郷盆地の地形
八郷盆地には、大別して上・中・下3段の段丘がみられる。上位段丘は、標高50-70mの地形面をなす。この地形面をつくる堆積物が粒怪の揃った細砂を主体とすることから、当時(10数万年前またはそれ以前)の八郷盆地は外洋に広く開いた海湾の浅海や海浜であったと考えられる。中位段丘は標高27-45mを示す地形面であり、泥質の堆積物からなることから、当時(下末吉海進期=12-13万年前、およびそれ以降)、この地域は閉塞した入江(柿岡湖)をなしていたと推定される。下位段丘は、標高12-28m、多くは現河床面からの比高が数mという低い地形面で、恋瀬川がつくった河岸段丘である。沖積低地は恋瀬川とその支流に沿って樹枝状に広がり、水田になっている。とくに下流部の沖積低地の後背湿地は、シルト・粘土層あるいは泥炭層からなり、排水不良地をなす部分が多い。
八郷盆地の出口にある竜神山や盆地中央部に横たわる富士山は、筑波山地をつくるものと同様の古期の岩石からなっており、この地域が海湾であった時代には島をなしていたものである。
山麓緩斜面
筑波山の山麓や八郷盆地北部をとりまく山地(加波山・難台山など)の山麓には、傾斜が15〜8度ぼどの山麓緩斜面が発達している。これらは、一般に、最大3m程度から数omまでの角礫が土砂と乱雑に混ざった、厚さ5〜8mの堆積物からなっている。この堆積物は関東ローム層に覆われている場合がおおく、おそらくは、10万年以前という、かなり古い時代に形成されたものと考えられる。赤木(1965)によれば、少なくとも加波山・難台山の山麓緩斜面ばぺディメン卜であるという。
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1986年に筑波山東麓(八郷町)で起こった小規模な土石流(田瀬撮影)。
筑波の石材と骨材
採石はその用途から石材と骨材に分けられる.前者は石そのものを直接利用しようとするもので,墓石や礎石,門柱等があり,骨材はコンクリートや道路の路盤等に利用される.石材として利用されるのは花崗岩類(山尾)で,骨材としてはもっぱら堆積岩である古生層の岩石(小田や龍神山)が利用されている.
真壁町・大和村の石材業は,愛知県の岡崎,香川県の庵治(アジ)とともに日本の三大石材業地区である.1890年の近代的採石の開始以来,日銀,三越,赤坂離宮,永代橋などの建設に利用されたりしている.地元材の割合は30%程度となったが、近年は技術力を生かした外材(40%)の輸入・加工が盛んで,工業団地化している.墓石が製品の80%を占め,10%を占める灯籠は伝統的工芸品に指定されている.
環境問題として,石材では廃土,くづ石(こっぱ,スラッジ)の処理,骨材では環境破壊,表面侵食,崩壊などがある.もちろん、緑化の努力もなされている.
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左は真壁町の花崗岩の採石場、 右は新治村の骨材(砂利)採石場(田瀬撮影)。
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